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魯迅 読書の五月
竹内 好 訳の魯迅作品集 3 を読んでて、思い当たるふしがいくつかあった。
彼の同時代の作家への読書の欲というか、読む癖のようなものは、途中から手に入れたブツを逆に見てゆくというのだ。
---どう書くか  P162 (筑摩書房 版)

いつもの悪いくせで、三十二号から逆に見てゆくと、やがて巻頭の「日記文学」があらわれた。

1927年9月の文章である。
もっとも、魯迅は、日付の記載をたびたび間違える人だというから、厳密にいうことは私にはできないが、
そして、竹内 訳がどの時代のものなのか正確には判らないつもりでいるが、どうやら、訳の方は1955年あたりだという。いや1966年か。

夜記 という二編しか書かなかった、つっこんでいうと、書く必要がなかった文塊のすべりだしは、水を打つように心に染みてくる。---何を書くかは、一つの問題である。どう書くかも、また一つの問題である。

魯迅には申し訳ないが、
いつもの悪い癖で逆に見てゆくと、「日記文学」があらわれた。
と、文を切って、向かってくる「現実」を少し、待つことにしよう。

ウェブ上の目を離せない「日記」など、ほとんどないが、ブログの効力も、手放したまま、逆に見てゆくことで、現れてくる「文学」というものも、あるのだろうなぁ。

と火照った体で感心しいている。

何故、ホテルのかは、内緒だ。
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by docore | 2009-05-20 01:15 | D
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