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小川恭平
朝、おきて、「どつぼ」にはまっている時に、思い出すのが、
小川兄弟のことだ。

うやうやしく、平らに。
という名前を眺めていて、そして、恭平くんのことを考えていると、とても、こちらが痛んでくる。
心よりも、筋が痛んでくる。
その痛みが何かを僕の中で生み出してゆくとは思えないので、輪をかけて、心は痛んでくる。

そもそも、「書き得ないな。」と思われることを、書いてゆくことにすら、絶望に近い感覚を覚える。

絶望というものを観察しようとして、目が覚めているときの時間をだいぶ無駄に過ごしてしまったおかげで、
自分が、「一時停止」している最近を、とても新鮮な感覚でとらえなおしていられる。

「ベーシック インカム」の問題提起を、去年の五月に銀座で受けたときに、「それは無理だ」と倫理上から、
伝えたつもりだが、要求というものは、インパクトがあったほうがいいとも感じていたので、ほのかな期待をしつつ、可能性を求める口調で「無理ですよ」と伝えた。

それから、一年たって、「何が無理だったのか?」を個人的に分析しようと今朝から思い直し始めた。

小川恭平のことをきちんと考えることができないのが、不幸なのか幸運なのか、わからないが、
もし、かりに、「鴨川ホルモー」という映画を見て、なにがしかの興味を感じたのならば、
京都で、ふんばっている、小川恭平に会いにいくと、いいと思う。

エクスタシー ユニオン
というのを、小川恭平はやっている。
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by docore | 2009-05-21 09:35 | S
魯迅 読書の五月
竹内 好 訳の魯迅作品集 3 を読んでて、思い当たるふしがいくつかあった。
彼の同時代の作家への読書の欲というか、読む癖のようなものは、途中から手に入れたブツを逆に見てゆくというのだ。
---どう書くか  P162 (筑摩書房 版)

いつもの悪いくせで、三十二号から逆に見てゆくと、やがて巻頭の「日記文学」があらわれた。

1927年9月の文章である。
もっとも、魯迅は、日付の記載をたびたび間違える人だというから、厳密にいうことは私にはできないが、
そして、竹内 訳がどの時代のものなのか正確には判らないつもりでいるが、どうやら、訳の方は1955年あたりだという。いや1966年か。

夜記 という二編しか書かなかった、つっこんでいうと、書く必要がなかった文塊のすべりだしは、水を打つように心に染みてくる。---何を書くかは、一つの問題である。どう書くかも、また一つの問題である。

魯迅には申し訳ないが、
いつもの悪い癖で逆に見てゆくと、「日記文学」があらわれた。
と、文を切って、向かってくる「現実」を少し、待つことにしよう。

ウェブ上の目を離せない「日記」など、ほとんどないが、ブログの効力も、手放したまま、逆に見てゆくことで、現れてくる「文学」というものも、あるのだろうなぁ。

と火照った体で感心しいている。

何故、ホテルのかは、内緒だ。
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by docore | 2009-05-20 01:15 | D
昨日
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昨日のことを書き始める前に、去年のことを思い出さなければならない。
去年、苦々しい思いで、マリファナ マーチに参加したのだが、去年は新国立のこともあり、公園の方々で出ている新鮮な音の混ざり合いに気分を一人でよくしていた。そして、案外、RLLもやるな。と感心したり。

麻の葉模様を斬新に色づけしたものTシャツを予約しておいて、何故だか、知らない人に、知らない人から、
シンプルでストロングなデザインの方をプレゼントされた。謎が謎を呼ぶわけではなく、何故が何故を呼んでいるうちに、考えてみれば、そんなにいけないことなのか?大麻?
と思いいたる。

それにしても、マリファナ マーチなのに、デモ中の横を歩いていた、いい感じの女性から、
「どのような観点から参加しているのですか?」と問われたことに、不思議な驚きを感じた。
「マリファナ解禁です」と答えたら、彼女はのけぞり、同じ問いを彼女に返すと、小さな口はこう答える。
「大麻の医療使用を認めるべきだ・・・」と。

痛みの取り方は百人百様だとも思う。

二年前に、アムスでの展示を喜んでした、行きがかり上、「自由」について、考えが深くなりすぎて、自分の中では、どつぼにはまっているが、視覚効果というものは、簡単に薬物で制御できる現在、見えないという現象もこれから、人類はなんとかしてゆくということも、進化上、決められていることではある。

お金と時間は、かかりますが。

現在、知人の南束のことに心を裂かれているので、そういう混沌とした気分で、文章を組み立ててゆくのも自分の中には興味があり、組み立てながら、壊して、「いったい、あれは、なんだったんだろうか・・・」と
来客が我が家の扉をたたくまで、書き記してみよう。

ふたつ みっつ、書くべきことがある。

と、もう来客だ。カムフロム 香港。
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by docore | 2009-05-18 16:44 | S
五時に 虹を
虹の魅力的な説明は民俗学者にまかせるとして、
虹をみたことについて、すこし、記す。

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いくつもの虹についての伝承があることを知っているが、
古来、虹がたつ、その元に、市が建つ。
という言い伝えが、今のところ一番好きだ。

虹の出所は、立ち位置からすると、川口というよりも、やや蕨より、だが光学的には、もう少し歩けば、
もろ川口から、虹が立ち上がっている景色になる。
光学的というよりも、視覚的と言い淀んでおこう。

この写真は「川口百景」への、贈り物である。

ということで、ぼくはまだ、参加できるかどうかわからないけれど、
5月10日の日曜日、川口百景の撮影会があります。
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5月10日(日)午後1時
集合場所:埼玉高速鉄道「戸塚安行」駅改札口
撮影会内容:元郷~領家付近を2時間ほど撮影
※埼玉高速鉄道:東京メトロ南北線から直通(ちなみに四谷からは40分)
参加費:無料
定員:15名程度

撮影は13時~15時ころまで
※雨天の場合は延期(日程は未定)
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デジタルの凄さと、つたなさを感じつつ、川口という、かつて鉄の街で栄え、そして、もちろん今でも高度な鋳物技術を伝承している「街」をそれぞれの歩幅で撮り歩くのも、とても魅力的な行為である。
デジタルかフィルムか。
まだまだ、迷うところである。
もちろん、「鉄」の街である以前の川口にも興味がある。
興味がある。なんて言葉を久しぶりに使った。と同時に、
「今日 身軽」ともなって、馬鹿馬鹿しい。

故人の言葉について思い巡らしているうちに、どうしようもない焦燥感にかられはじめた。
今では有名になってしまった女性写真家の弟から「どんどん、遅れていくよ。」と訴えられたことを思い出す。
その時は、「何を 馬鹿な」と感じていたけれど、流行というものをひとたびはずして考えてゆくと、とても重要なことが浮かび上がってくる。

さて、昨今の人々は何をそんなに焦っておるのだ?
と考え始めると、自分も、もうどうしようもない焦りを焦点に絞って動きはじめていることが、わかるのだが、その焦点が移動するから、「現代」というものはたちが悪い。

どんどん遅れてゆく。という、どんどんさ加減がすごく格好良くて、まだ、はまっている。
その感覚に。
どんどん進んでゆく。というのは、簡単に理解できるが、この、「どんどん遅れてゆく」という感覚は、男子思春期に特有な感覚かもしれない。
夕刻、夜の帳がおりる、ほんの少し前。何も用意をせずに、貴賓を迎えるのにも近いか?
それとも、やはり、一日の事柄をすべて終え、あさってには用事があるのだが、明日には何も無いことに近いのか。幸いなことに、南側にも窓があり、そこに射す昼の終わりの太陽の光は、充分、思春期の頃のことを思い出すのに必要なだけの光量がある。


思い出したからといって、それらは今の自分には足かせのようなものなのだが。
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by docore | 2009-05-08 20:27 | D
NYの場合
ごろつきどもがごろごろとごろついている 五月。
五月と打つと、語画通と変換される、深い皐月五月雨 雨 あられ。
追悼文に締め切りなどあろうはずがないだろう とたかをくくっていたら、
締め切りと寿命は同じような意味合いを持つ世界もある。と説き伏せられた。

これから 神戸から来ている高須アーティスト健市との再会もままならぬまま、
原稿を整理する。

でもその前に、写真を気軽に楽しんでもらうために、いろいろと。
せっかく、ここまで技術がラフに発達してくれたんだから、
写真関係者は素直に、ここへ、ドロップインしてください。
http://www.allphotographersnow.ch
「みんな写真家!今」という展示への簡単な参加方法です。
ニューヨークでやっているのに、チャイナ ドメインなのは、大きなわけがありそうだが、
と、ぼやぼやしていたら、chはスイス ドメインだった。シラナンダ。
この展示法はいたって簡単で、写真データとタイトル等を送ると、向こうの、いかしたにいちゃんたちが、
「ほいよ!」といって、送られてくる写真を次々にスクリーンに投影して、それをウエブカメラが自動的に記録し、撮影者本人へメールで送り返す。というもの。
プログラミングはローザンヌの工科大学で開発されたものを使用しているというところも 味噌。
ブルックリンのpower house アリーナで行われる予定だが、 37メインストリート、DUMBOという名称が大分 湯布院 もしくは 別府 なみに、ソソル名称で、延髄もの。

5月13日から数日間の催し物だけれど、
せっかくだから、自分のキー トーンになるだろう、この写真を送っておいた。
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それにしても「みんな写真家!今」展は5万人近い参加者を集めている。というから驚きだ。
驚きついでに、いろいろと調べてみると、
また、驚愕の事実が!

あぁ。
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by docore | 2009-05-07 18:16 | P
TSE
ティ エス イーと書いて、ツェと読む。
そういうことを知るだけでも、一日得をした気分になる。

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久しぶりの水戸芸はとても気分が良くて、久しぶりに「美術館へ来た」という感慨に浸れた。
ツェのチケットの半券を冷蔵庫にマグネットで生活臭く貼っていて、「いい作家だなぁ」と単純にファンになっている。こういう気分も久しぶりだ。
展覧会のカタログの文章を浅井さんが書いていて、なんだか次の扉を開いてゆけそうな言葉の質がそこにありそうで、購買欲をかきたてられたが、荷物になるというやわな理由で、買わずじまい。
ツェ スーメイに憧れを持つ女性現代美術家はゴマンといそうだが、何故、ツェだけ浮上して、その他の4万9千9百あたりの作家たちは浮かばれないのだろうか?
そこらへんは美術界の構造にあると思う。

まぁ、浮かばれないな。
幾人もの名のある作家たちを思い浮かべても、だからどうした。そしてどうなる。という感を拭い去ることもできないし、特に基準を高めているわけではないけれど、どうしても、実のある作家がいないような気がする。
長期戦ではあると思うが、いったい誰の何のための現代美術なんだろうか?

くすくすと笑い声が隠れた場所から、漏れてくる。

水戸で血液交換をしたかのようなすがすがしい気分になって、帰京。行きも帰りも高速道路での交通事故に遭い、倍の時間がかかったおかげで、キャンプでの藤井 光と五の井の対談を聞き漏らす。あのかび臭い地下空間、全体的にセントラル イーストはカビ臭い。人間の感覚は優れたものでというか、騙されやすくて、あのかび臭さも、数分で慣れてしまう。そのような空間で醸されているのが、次の現代美術であることは、自明の理だが、過渡期の表現であるようにも思う。あの空間じたいが、何か間違っているような気もするが、あの場所を必要としている人々がいるのも、充分わかる。ボランティアをはじめた、そこで、という可愛らしい女性から説明を受けたが、地下の床に存在感たくましくある石の面。そこにかつては印刷機が置かれていたという。
その面に「PRINT」と大書して、その空間への、時代へのレクイエムとしよう。
階段を降りてきて、ふたたび昇る理由が特にみつからなくなる、素敵な展開が、CAMPにはあるように思う。

ツェのことを記し残そうと模索していて、もがいているわけだが、どの作品も過去に展示案として、幾人かの女性作家から提示されていたことを、不意に思い出して、嫌な汗を流す。特に噴水のアイデアは数人から違った形で提示された。このようなアイデアの共時性とは何なのだろうか?と悩む。
ツェの発表より、10年は前に彼女たちから提示されたから、今になって困っている。

そういう、大きな意味で、私はキューレターにはなりえないのだ。

私はとくに、新しさを求めていないし、驚きも求めていない。
とすると、ツェに求めたものはいったいなんだったのだろうか?

囲碁ではじまり、囲碁で終わった今回のツェの展示法は、私の頭の中の悩み事を白黒つけづに、響いてくる。
残像は日常生活に邪魔なものだが、ツェの作品から受ける残像は、清らかに美しく変換してゆき、こちらの生活を楽しませてくれる。
うきうきとした気分にすらなる。会場に来ていた人々も変に教条的な姿勢にならずに、部屋から部屋へ通過して行く様は、それ自体、美しくすらあった。

たぶん、メインの映像作品を問いただしていかなければなら無いのだろうけれど、そこらへんを語り始めるにはもう少し、時間と自分の中の無粋さ、が必要になってくる。
もしくは、新しい言語と、多大な語彙。

ツェのいいところは、変な罠をはらないところだろうか?
みずみすしい、森の中で、生息する生き物に出会ったような気がする。
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by docore | 2009-05-06 21:04 | 月を運ぶ
nike社会とmike社会
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君のデザインが走り出そうが、転げ落ちようが、どうでもいいことだが、ぼくが鎖骨を折ったときに、
ちょうど、鎖骨骨折のアド ボードを掲げてくれたナイキの粋な計らいに、ある種の妬みと羨望をもって
こう答えておく。
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http://nikeid.bccks.jp/
恨み節を続けていくのは体に悪いし、すっきりしない。
そして、企業というものが元来、利益を追求する構造になっているのだから、いくらエコだなんだといっても
その活動形態から滲み出てくる膿のようなものは、異様に臭い匂いを発するものだ。
ナイキのまっさらな靴の匂いをかげば、まだまだ、そこには多くの搾取の構造が読み取れる。

極論すれば、都市において、靴を履かなくても過ごせるようにすることのほうが、正しいような気もするが、
ナイキは運動を呼びかけているので、こちらも、社会運動で返球しようと考えている。

ばかものがばかものを延々と生み続けてゆく構造はいたってシンプルで、それは美しいとすら思えるが、
今の自分にはあまり関心は高くない。

図の解題などをやっていては、朝飯が冷めてしまうが、「ナイキが宮下公園を私物化・有料化」することに対して大きく反対する。という意味を込めて、デモをしたときの、景色をのせてみる。
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by docore | 2009-05-06 07:30 | S
5月3日は
○15:00- プラカード作り、楽器練習、オープンマイク
○17:30 集合 17:45 デモ出発 19:00 到着(予定)
【コース】宮下公園~明治通り~表参道~「五輪橋」渡る~「岸記念体育館」右
折~渋谷区役所前~公園通り~井の頭通り~宇田川町交番左折~東急文化村通り
~渋谷スクランブル交差点~宮益坂下~明治通り~宮下公園

「アフターパーティー」

5/3

さて、デモ。
プレカリアートという言葉に反応しなければならない自分と、この世に情け無さを感じるが、人間の想像力は、それを補って有り余る(ここに大きく展開する言葉を模索する)  がある。

このデモコースが優秀なのは、東京の成り立ちが歴史的にわかりやすく伝わってくることだ。何も、運動史のことではなく、極、自然な成り立ちの人の営みとしての都市の歴史。
ぼくは46歳だが、このブログを読んでくれている方々も、高齢の人が多く、こちらの異常な語句への想像の連鎖、実験的な心持を汲んで、いくつか、お話がてらのメールをいただくことがあるが、文脈を分断することの幼児的な喜びと途中で、急に個人宛の内容に変わりつつある文章の中で、いくつか模索していることがある。
言葉がひとつの風景を立ち上げてくるならば、その風景を切り取ることもできるのだろう。

デモコースのことを考えなおそうと思って、横道にそれてしまった。

ふだん、人々は歩道を歩くが、もうすこし、道の真ん中を歩いてみたいものだ。と誰しもが思うと思うのだが、
たいがい、道の真ん中は車道だ。車道はシャドウだ。といい続けて、車社会を切り捨てようと、目論んでいるけれど、やはり、運転は人間の欲望の大きなものとしてあるのだろう。

いぜん、車はなくならない。

ふと、オランダの自転車社会のことと、仙台の道の真ん中を人が歩ける社会のことが「風景」として浮かび上がってきた。たぶん、日本のほかの土地にも「道の真ん中を歩ける 地域」」というものがあるのだろうが、この車社会では「みちのまんなかを あるくな」という風習で生きていかざるを得ないので、人間は矮小になってゆく。

大道りを大手を振って歩かせない、この社会。
それこそが、風景が生み出した現代の病理だと思う。
今回のデモでも、車線の左側をなでるように歩けるだけで、「まんなか」を歩けるわけではない。
道交法に引っかかるのだが、真夜中、真ん中を歩いたりはするが、そうしたときの、「都市の風景」の変わりようは、とても興味深い。

都市において、「ひとをまんなかにもってくる」という技法は大前提だったような気もするが、いくつか、今後、
都市のアイデアとして、主幹線道路の上を歩ける都市改造を提案してゆこうと思う。

いつごろから、ぼくらは、ある見えないルールに飼いならされてしまったのか。
見えないルールなんて、何も言っていないようなことを書き記すことに「絶望」を感じる。

糸の色とは?
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by docore | 2009-05-03 06:30 | S
なかなか中崎 透明なたくらみ
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中崎 透も、全力で振り逃げをして、かつあろうことか、一塁にではなく、三塁方向へ、
走った  か、と見せかけて、ホーム ベースを踏んでいる。
という比喩が似合う人のような気もする。

緻密なコンセプトはムサビ特有だとは思うが、中崎との最初の出会いは、眼科画廊での展示を見る前に、
mixiで出会ってしまったのが、運の尽きだ。

人を食ったような表現は、じっさい、感覚野において、こちらは食われてしまうのだが、難しいことを言うと、
その表現媒体に接した時に生じる、神との交合にも近いだろう、共振とか、情動という感情を超えて、目の前にある、中崎の作品群は、ぼくの中にもあるという意識を生んで、夢のような状態から覚めていく。
新橋の画廊の屋上に、アンカー残しておきましたから、という発言を延々と覚えていられるのも、水戸でふたたび出会うまで、あまり彼との遭遇が、実際のところなかったからだと思う。
否、そういうと嘘になるかもしれない。
残された、というか、はずしそびれたアンカーは、それでけで詩的な情景を想起させ、すでに新橋の屋上にではなく、私の頭の右脳のはじあたりに、アンカーが埋め込まれている。

たまにそれが、ピカリと日の出の光を浴びて、輝くのだ。

屋上で中崎が残した、アンカーを全員で凝視したのち、「帯広デメテールでの蔡の作品を手伝う俺。=月を運ぶ」。という上映会をした。

「許可取ったの?」

何の許しを請えばいいのかわからないまま、蔡さんには、「たぶんなんかします」と。
教材的に使うことを、こちらは許してもらっているつもりだが、「世間」の反応ははなんだか、うやむやと、むにゃむにゃしていた。
実際の行為の流れは、私の記憶ではBANK ART NYKで終わったが、手元には、膨大な「感想をともにした表現の呼応の果ての音源」がある。
とはいっても、4分づつが120本ぐらいだから、聞き直しにさほど、苦労は無い。

自慢ついでに言えば、
芹沢さんは、「まぁ、大目に見て」と言ってくれて、
偶然ではなく、彼の仕事熱心さから来日していたダニュエル・ビュランは
「とても面白い」と語った。

中崎 透のことをきちんと書きたいのだが、彼のこれからの、自信を持って仕掛けてゆく、コミュニティづくりの差し障りになるだろうから、もうすこし、自分の中の「中島 透 熱」が冷めてから、書き出してゆこう。
と思っている。

美術家として、相当、優秀だと思う。

看板ということについても、考えてみよう。

それにしても、水戸の歓楽街の路上からの風景が、「中崎 透」化していたことに、唖然としてしてしまった。
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by docore | 2009-05-02 07:05 | 月を運ぶ
いうこときかない
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毎日がメイデイだったら、体がもたない。
だが、しかし、もたないからだを酷使しつづけて、メイデイを蘇らせ行動することによって忘れ去らせないようにつとめている個人や集団がある。


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条例によって、魅力が半減してゆく都市の退化過程を徐々にだが、われわれは実感してゆくわけだが、バルセロナからの報告をまつまでもなく、特権的な路上芸術、飼いならされた半芸術行為には、ほとほとうんざりしているのが、「前衛的観衆」というものだ。


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スペインで撮影された、この写真の撮影者と、そして、この高く掲げた腕をもつ人物を「誰だろう?」と想像することも必要だが、これらは情報として入ってくる前に、表現行為として、目に飛び込んでくる。
このプラカードは246表現者会議が会議とおのおのの表現と観察の経過において生み出されたものだが、
渡辺 篤の力添えが大きかったように思う。
それはそれとして、小川哲夫はそのステッカーを新宿二丁目で配っていた。
新宿二丁目というか、元洗濯屋というか。


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高層ビルの強化ガラスから西方を眺めてゆき、都知事室の大理石シャワールームがどうなっているのか?
腐れたかけた街は傾くわけではなく、ただ腐ってゆくだけである。

簡単な話です。
匂いをかげばいいのです。

都民として、生きているつもりはあるが、あまりにも都庁が「ダサい」ので、もういろんなことが、うんざりしてくるのだ。

という観点からも
5月3日は宮下公園に集合。

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by docore | 2009-05-02 04:28 | S



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