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ますます増山を知ろうと思った
ますます山というものがありまして...
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現代美術界の大翻訳者(本厄者ではない)の増山士郎の現在の用事というか作品を身をもって体験しようと、覚悟を決めて、水戸へでかけた。

考えてみれば、水戸。水の扉なんてポエ地下ルナ地名をつけやがって、「あぁ。そんなところに住んでいられる人に私はなりたい」と思いながら、すでに、板橋に帰宅して、風呂と同時にパスタ用の湯を同時に沸かすということをやっている。

これはかなり危険なことで、風呂の方は安全弁の役目をする、タイマーがついているからいいのだが、パスタ用のは、ガスコンロを通常通り使っているので、なべの中がからからになるまで、沸かし続けることも、きちんと告白すると、三度あった。
三度も無駄なエネルギーと時間と、そして、「水」を浪費してしまったのか。
と反省ばかりしているが、反省作業をしなければ、月なんか運んでいられない。

記憶をさかのぼって捏造したからといって、大多数の常識というか社会理論が覆るはずはないのだが、パスタを茹でようと欲望しながら、美しい文章を書いて、なおかつ、人が読んでも大丈夫なようにするには、相当な修行が必要だ。

否。ぼくのほうにではなく。読み手のほうに。

「シーツを洗わなければならないので・・・。そうでなければ、もっと、アレして・・・残念です・・・」
とすがすがしい、第一泊目の共通の四人宿泊者に対して、支配人はこぼす。
アレとは何か?と大きな期待と含みを感じながら、それでも、朝市だとか、水戸芸とかに、気もそぞろになっているので、シーツはよれた地図を作りながら、木の枠に収まっている。
幼少期にそそうをして、あの行為がそそうだとわかる前に、体液で描かれた、とても不思議でどこからのメッセージか判らないのだが、瞬時に理解できる文様を眺めるように、ツェと増山の作品を眺めようと努めた。

努めたというといいすぎだが、

増山士郎の今回のHOTEL PLAYROOMは、前後の脈略のない人こそ、大変楽しめる、展覧会だと思う。
よれたシーツからの物語だけで、三年ぐらい、悶々と筆耕できそうな気がする。


あれは、いったい、なんだったんだろうか?
http://hotelplayroom.com/
連泊の達人も出てくるのだろうなぁ。

ツェ。
よかったなぁ。ふむふむふむ。となんだか、彼女の人生の日記を読まされているかのような通路内歩行をさせてもらった。
そして、不眠症傾向のときの、特効薬として、記憶される作品にも出会えた。
わなにはまった!という感はもう、このさいおいといて、自分が海外でこのようなことをしなければならないとなると、結構しんどいだろうなぁ。と思いつつ、不思議なもので、増山を見ているときに、ツェのことを想像して、ツェを見ているときに、増山のことを想像している。
これは、その場を充分に楽しんでいない、ということではなくて、二人の作家が、人の想像力に訴えかける能力に富んでいるからだと思う。

無意識の怖さは市街地に現れるのだが、その朝方、市内を散歩していて、現代的なゴースト タウン化を肌で感じて、どうして、若いアーティストは壁に無闇なことをする前に、この空洞化しつつある街地をどうにかしないのだろうか?とも思い至った。と同時に、自分の老化を認めた。
内部がごっそりと抜け落ちているだろう歓楽街は朝の光に弱弱しく対応しているのは、決して夜の魅了に人々が負けたからではなく、もうそのようなものはいらないのです。わたしたち。と訴えかけてきているかのようだった。キワマリ荘の事始をぼくは知らないが、玄関ハイって、すぐにコタツ。というのは、ジャポニズムをきちんと来客者に伝えているような気がした。水戸の市の玄関が何処にあるか判らないが、バスでたどり着くと、やはり、水戸駅が玄関なのか。駅を中心にして考えてゆくのはもう、古くて、そのような考えでは、21世紀を生きていくのは難しい。日本では、とつけたしてもいいけれど、なんだか、街の中心は駅ではないような気がする。
「真ん中でなんかやって!」
ということであれば、迷わず、皇居を選ぶ。

と話を戻すと、水戸城の北側の「空堀」というものを見つめていて、とても新鮮な気分に襲われた。
そして、意味を取り違えているのだろうと思うけれど、「空を掘る」 なんてぇ行為も詩的だと思った。
意味を取り違えすぎると、行くとこまでいってしまう感じがするが、「SKY DIGGING」なんて、ちょっと素敵な気もする。なんというのか、皇居のように、水がわんさかある北側の湿り気もいいものだが、北側に空の溝を作り出すことができた水戸も奇跡を感じる。土質のせいだろうか?
土で思い出したけれど、中崎透の焼き物で朝食を頂いたのだが、これには感心した。
器の肌に現代でなければつかないだろう、傷がついていたからだ。
あの線の感じをコレクションしたい欲求にかられるが、水戸の商店街にかかわれないのと同じぐらいに、
その欲求ははかないものである。
朝食ついでに、献立を書くと、「もやしみそしる。米。納豆。鮭」さすが、水戸に由来する食材でせめてきて、その心づくしに、温かみを感じる。
しゃけ(鮭)の皮をはぐときに、最近思い浮かばなかった、水戸光圀が現れて、頭の中で、「その鮭の皮と水戸の土地を交換せぬか?」と高い声で言う。あきらかに、欲望に負けた声のトーンが、自分の中の敗北感に同調する。ずいぶんと引きの強い納豆のせいで、箸の先端が思うように操れないのだが、頭の中で「水戸の土地と鮭の皮ではワリが合わないだろう。ぬぬ」と答えておく。
水戸光圀は背後で「しゅっ」と音をたてる。
それは、たぶん、くやしまぎれに弓を引いた音なのだと了解して、鮭を焼く匂いに対して、今後、あのホテルはどう対応してゆくのだろうか?と心配する。

水戸なのだから、朝から鮭の焼く匂いが立ち込めてもいいではないか。
アラスカあたりで獲れたと思われるほどよく油ののった鮭のせいで、光圀がでてきてしまったが、弓を弾いていたのは、ツェ スーメイの方で、彼女がチェロを弾く姿の、後ろ側。その色合いもさることながら、ほんのつかの間、切腹をしているようにも見えて、女の迫力を感じた。
壁の耳は嫉妬心に駆られた日本の有名彫刻家へのおちょくりとは思えず、MP3という音フォーマットへのナニゴトカノレクイエムだとも考え直し、目に見えるように穿たれた穴から漏れる音を聞こうと思うには、また飛ばなければならないので、壁を曲がると、そこに、小さくかわいらしく、耳があった。
逆さまから通してみないことの気分の良さを味わえた。
なんとか、ツェがキワマリ荘へ尋ねてきていたことを伝えようと思うのだが、その中崎のいい感じのブログのアドレスをコピーしたまま、いったいどの文脈にリンクさせればいいのだろうか?
もう、二月も前のことになるし。
フタツキの灰皿を振ると、出てくる音のことを考えていたら、ゴトウくんの作品の大いなる野望のことを考えはじめたりするし、事務用事ではないメールばかりが、ぐすんぐすんとやってくるので、なんとかならんか?と音のこととか、リンクのこととか、難読性が高い日記を書くもの同士が妙に仲良くしている感じとか。

リンク

妙に、批評という方へ引っ張られる袖を引き戻して、相手の帯を取りたいのだが、寝技にまで持っていかれたら、俺にはとうてい立ち向かえないので、このへんで、とりあえず、誰か、ここへ参加すると良いかもよ。
http://www.emergencyrooms.org/criticalrun.html
と伝えるのは、
有意義なことだと思う。

その流れで、帰宅しているはずだが、スーパーデラックスで高橋がやるとても魅力的なイベントへ行けず、その前の日も、キャンプへ行けず、鴨川ホルモーという映画を近所のシネコンで見て、京都の恭平のことが急に気になった。大変だなぁ。と思う。
すでに映画化までされて、それで京大を目指す若者のみならず、途中の人々も多いだろうに、これから、また、京都もアツク、空洞化してゆくのだろうなぁ。と思いながら、初・伊勢神宮 式年遷宮を経験できるかも?という淡い期待を残しつつ、あまり恨みとは無縁で生きてゆきたいものだ。と思い直した。

ただ、「嫉妬心のない作家表現なんてつまらないですから」という内容の手紙を森山大道からもらったからには、自分自身、「やられた!」と感じる若い表現者をマークして、対峙してゆくつもりだ。
負けるだろうなぁ。という気分もひきつれながら。
感受性と創造力は、また、別のかけひきによってバランスを取るものだから。
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by docore | 2009-04-27 08:09 | 月を運ぶ
追悼 平木 収
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写真関係者には、もうすでに、収まりがついていることがらだろうけれど、
平木 収さんがお亡くなりになられた事実をぼくは情報の上でしか知らない。
ただ、その情報を、いつも真に受けて生きているので、横浜ZAIMでの展示期間中は
自分の個人的な喪に服している期間にかぶさって、複雑な思いで、横浜へむかわなければならなかった。

ただ、大事なことは、そのようなことは観客には特に必要なことではない。ということだ。

ぼくができたことといったら、
彼の生前の要望通り、「等倍じゃなくて、ぼくは120パーセントぐらいが、ちょうどいいな」
という言葉に呼応できたくらいか。
やろうと思えば、いくらでもできるけれど、やらずにいて、その意味を考えていくのも、
ひとつの方法だ。
何をどうするわけでもないし、晩年、早稲田の方で写真のアドバイスをしていたらしく、BANK ARTで行われた卒業展示が、最後の仕事だったのかもしれない。
事実がどこにあっても、ぼくはかまわないのだが、計算されて展示されている、写真の流れを眺めながら、
あぁ。この飾られている写真という物体は、平木さんからのひとつのメッセージだ。
作家の方々には申し訳ないが、その様に見える展示というのもあるのだ。
それが、写真というか、作品展の不思議なところだ。
会場全体から、平木さんのつぶやきのようなものが聞こえてくる。


と思い至り、なるべく一人ひとりに、感想を短く書くことで、平木さんへの感謝の気持ちのようなものを搾り出したかった。一枚の紙はその言葉の群れには、いくら短くしたところで、面が小さすぎる。

120%といわず、120000%でも、ぼくはかまわないのですが、
どうですか?平木さん。

思い出してゆくと、ある日、渋谷の歩道橋の階段から転げ落ちた後、数日後、平木さんに偶然会う機会があって、「階段から落ちました」と彼に伝えると、
「ぼくなんかしょちゅうだよ」
と軽妙な語り口で、話題を突き放してくれたり。とても頼もしいところもあった。

ルイスボルツの来日の時に、ひと月ほど、どちらがお世話したのか判らないけれど、関係をもって、
いくつかのことを確認したり、反古にしたりした。
まぁ、人は時代とともに考えも変わってゆくものであるから、
いつまでたっても、「あれは なんだったのか?」
という思いはぬぐえないが、そういうことであるから、生きていかざるを得ないのだと思う。



眠れない夜が続くので、この季節、追悼文週間にしようと思う。

ZAIM壁面の写真撮影=舞さんです。
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by docore | 2009-04-22 10:27 | D
ふたつのからみ
4月22日に、
マキイマサルファインアーツで、興味深い対談があるので、出かけてゆこうと思う。
自分の中の象徴的交換が、何事かを引っ張り合っている。
あのあたりが、現代(美)術の中心であっても、何も困らないが、何度か行ったけど、浅草橋の高架下にある立ち食い鮨屋にマサルものはないように思われる。

のだが、引っ越したマキイ マサルのスペースから受けるいくつかの印象は決して悪くは無い。
が。
どうも・・・。

歯切れの悪さは、以前新橋にあったときに、屋上で最後の方にやったもろもろの事柄が、どうも、のどにつかえた小骨のようで、後味が、悪い。ということは、きちんと記しておく。

原因とかはあまりどうでもいいような気もする。
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by docore | 2009-04-21 18:32 | 月を運ぶ
ろくねんまえ
とても6年過ぎたとは思えないが、デジタルカメラのデータを見ると、2003年になっている。
10月17日。
とてもよくできたもので、撮影時間まで記されている。
22:19。


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六年前に何をしていたか?というと、アメリカ大使館前にいたのである。
JT前とも言っていた。
アメリカが、と言っていいのか、ユニテラリズムが行き過ぎたあげくの、イラク戦争といい始めればいいのか、
何がどうなっているのかわからない状況というものは、いつの時代にもある。
歴史の語り部たちは、滅多なことでは、自分に有利な嘘はつかないものだ。
真実は徐々に明かされてゆく。
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by docore | 2009-04-21 04:04 | S
くもの
文字入力をパソコンでばかりやっているから、「蜘蛛」という漢字すら書けなくなっている。
「蜘蛛」と書くことができないくせして、「蜘蛛」を「くも」と読むことはできる。
それでも、普通のフォントで「蜘蛛」と記されても、じっくり見ると、もはや「くも」とは読めない。
瞬時前の変換窓のようなところにある、比較的大きなフォントで「蜘蛛」と出るから、「くも」と読めた。
それも、読めたような気になっているだけかもしれない。

「蜘蛛」

y150と打ってみて、150円と頭の中で変換する人も少ないだろうが、
Y150.横浜150と読ませるわけだが、港が開いた150年目のお祝いに、蜘蛛がやってきて、
うろうろとしているらしい。
これは、まぁ、見ものといえば見もの。
迎え撃つ横浜の表現者たちは、すでに蜘蛛の天敵を考え始めているらしいが、あまり興味がわかない。
いじらしい表現のコールアンドレスポンスを予定通り撮影記録されたものを見つつ、なんか懐かしい感じがするなぁ。と思う。
計画された事柄に、隙がないのだ。


ナントへも行かなければなぁ。

「蜘蛛」
漢字検定の理事がなにやら、延々と不思議な態度で生きているのを横目で見つつ、清水寺で
松本 哉が「言」奉納をするらしいことを、これまた、不思議な気持ちで、眺めている。
元来、奉納という行事は、神社で行われるものではなかったか?
それでも、思い返せば、寺の中に、鳥居が進入してきている風景も珍しくはない。
歴史的には逆なのかもしれない。
神社の領域に寺が、どん、と構えている。というか。
しかし、何で清水寺?とあかねでこぼしたら、「寺は金もってるんですよ」と。

何冊かの出版ラッシュがあったらしいが、こちらは、まだ、永井荷風という生き方という本をきちんと読み終わっていない。荷風の生き方をうらやましくは思わないが、何事かを切り捨てて生きてゆく感じは似ているかもしれない。それはそうと、河川のことを調べていたら、松本 哉(父)の執筆に出会って、感心した。
そして、彼のイラストになる、川に浮かぶうち捨てられたセルロイドの人形の姿が、妙に重い浮遊感を漂わせていて、目の付け所が独特だ。スキャンして画像を載せた方がわかりやすいとは思うが、まぁ、このご時勢だし、そろそろ、そういうことはやめにして、それぞれの人生の不思議な空き時間の中で、浮かぶセルロイド人形のイラストに出会えば、それでいいじゃないか。

やんなきゃいけないことが山のようにあり、めじろおし。
それでも、25日のキワマリソウの宿泊予約をしたら、宿泊可能なそうで、あらためて恐縮する。
土、水戸へ行って、日、身と芸(水戸芸)を堪能して、ゆべしでも買って帰るか。
という魂胆である。
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by docore | 2009-04-19 05:04 | S
Nu+Man
写真展示の可能性ワークショップの問い合わせが春のせいか、多くなっているのですが、多忙ともいえないこちらの都合で、
すこし先送りしています。(先延ばしともいう)

さて、新宿IRAで、香港のことを伝えに行きがてら、ぬう。
「ぬう」という音は非常に魅力的で、それが歌われることが少ないようだが、声に出して気分が良くなる
音かもしれない。し、何かたまってくるような音かもしれない。
「ぬぬぬ」と。

「意図する糸」から派生して、縫うことに愛着を持ち始めているのだが、糸の次は当然、編になってゆくのは
「目」に見えている。
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by docore | 2009-04-18 15:51 | D
遠藤一郎 7・7 去年恵比寿で
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遠藤一郎について 考える

彼との出会いは、高円寺でなんやかやと、寄った時に、酔い集まった、記憶の方が大きい。
つまらないから、街の夜の目眩を伴う重圧に、軽く、「さようなら」を言うために、屋上や、線路の下の雨風しのげる場所で、酒が入ったグラス越しの挨拶をしたことを多く覚えている。

酒を飲んでおいた方が、記憶には大きく残ってゆく。

渋谷アートワッドで行われる大事なタマカジの展示会の前日まで、夏風邪をひいていて、シャチョーを心配させたり、渋い記憶の底をえぐるDJで大勢いる観衆の中の、たったひとり、を感動させて、泣かせたり、
アスファルトで富士山を作って、何事かを、応援していたり。

それはそうと、去年の7月7日のナディフでのことなんだけれど、
この写真の左奥手にアムス・チームの重要なオーガナイザーたちがいて、紹介しとけば、なんとかなる、
と思ったけれど、「なんとかなったのか?」
ということばかり、気になる。


衆人が認めるように、遠藤一郎は個人として、充分、立派な表現者の手法を身につけているので、
嫉妬とか妬みの領域から、彼の仕事を見つめ始めるのだろう、と思うと、すこし、寂しい。

なんだかんだいっても、
もうそろそろ、「次の季節」がはじまるつつある。ということは事実だ。
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by docore | 2009-04-03 13:59 | 月を運ぶ



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by docore
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