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tonarino kiyaku ha yoku kaki wo
隣の客はよく よく

柿をもってゆけというので、もらった。
横尾さんの庭でもいだ柿だそうだ。
彼は、デザイナーから画家へ転身した人物で、その芸術というか、アートの領域では、大きな不思議な力を発揮しつづける男の家の庭の柿を、数年来、画家の家のお手伝いをしているという女性から、もらった。

温暖化の風が漂う中、そのような柿をいただいても、こちらも困る。
いや、別段、困りはしないが、喰うには小ぶりすぎるし、かといって、持ち運ぶに困るわけでもない。

父の納骨の日に、なんだか、持ち帰りの荷物が多すぎて、そして年末の仕度のためのあれやこれやの買い物もひかえているのだが、柿、みっつくらいなら重くて持ち帰れないということもない。

柿をひとつ皮をむいてもらって食べてみたが、首をかしげる程度の味で、だからどうだ、とも言えない。
きっと、染めのために柿の成分を使うとか、この汁を板の間の磨きに使うとか、そのような為に、この実があるのだろうと、父の行方の知れぬ白い骨と、沈鬱に輝く柿の丸みを帯びた表面を眺めながら、ひとつかみでみっつの柿を握るという行為を生まれて初めてしたことに対して、驚いている、

阿呆ものがこの私だ。


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by docore | 2008-12-21 11:41 | OCR
ほるも     ん
埼玉近美へ行き、不思議な展示の組み立て方を体験する。
いろいろと思い出してしまった。
そして、すこし忘れることにする。

はんはん である。

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9月に楽しみなことは多々、あるけれど、「あおひとくん」の展示を見に行きたい。
あおーーー
あお?あう!
ということなのかもしれない。

いろいろと すんなり おさまっている ギャラリー ビルの
KIDO PRESSという ところで。

生きている っつう のは こういうことだ。
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by docore | 2008-08-30 10:12 | OCR
nonono nogizaka
ほぉお。
うわさには聞いていたが、都内のGSも軒並みだめになって、
ガソリンスタンドが旨いすし居酒屋になっているのが、乃木坂。

オランダ・チームのホテルの近くだったので、魚真に入る。

あまりにも旨い寿司だったので、今度、違うすし屋に入ったら、
そこがガソリンスタンドのような錯覚を受けるのかもしれない。
昔から、「酒を飲むこと」を「ガソリンを入れてくる」とも言うし、
まちの、ホット・ポイントとしては、いいのではないか?とも思う。

日本にいると、食糧のほとんどが石油をくっている換算になる。

-------
札幌のサウンドデモでどうも、知人が逮捕されたようなので、気が気ではない。
「選曲が悪かったのだろう」と思っている。

今日は7月7日なので、7時に恵比寿のナディフへ行きます。
遠藤一郎に対抗・惚れ惚れしたオレとしては、「乾けば」綴りなおしたSO GET (R)ING
のシャツを着てゆく。

あぁぁぁ。
本当に、めくら計画で、体が、ずたずたな気分になりますが、札幌と洞爺湖へ行きたかった。
と、同時に、行きたくもねぇ。吐き気がする。という気分の側面もあります。

さて。
その倍、働くか・・・。
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by docore | 2008-07-07 03:46 | OCR
つくし
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神奈川県のつくしを食べる話を書きたいんだけれど、土筆をつまんでいる自分を思い返すと、
そのときに再会している人々の顔、だらしなく汚れた気分で壁際の椅子に座る荷物たちのことが
思い浮かんで、どうも上手く書けない。
数年前に外苑前のギャラリー・アート・スペースで会った、白井さんがレジデンスしているというので、会いたかったけど、「物件を見に行っている」ということで会えず。
彼女が使っている空間が、ビラ置き場になっている感じが、「やるなぁ」と思わせた。
外苑前で資料を見せてもらったときに、「今日的ですね」と対話したことを覚えているし、
何故だか、台風の時に、海へ出る話しが、身に染みた。

BANK ARTの池田に会って、おめでとう。と声をかけることがしたかっただけのことで、
横浜へ行ったのだが、この日は実は、円卓を青山で転がす。ということをしていたので、
もう、疲れていて、何がめでたいんだか分からない。
そんな感じで、もう思い出せない中華料理屋で、「うちは注文をうけてからつくるからね!」という
女の声を肴にビールを飲んでいると、案外と同席者と話が弾み、疲れも少し和らぐ。

もう思い出せない店としては、物置小屋のような桜木町だか関内だかにある、ロコさんにつれてゆかれてた、すし屋。
あの握り方に、魅惑を感じる。

もう思い出さない店としては、多々、多々、あるかも。
ありすぎて、思い出せない。

遠藤一郎が寿町にいるそうだから、今年はトリエンナーレも、そこそこわかりやすくなるかもしれない。
今のうちにいっときますが、私、正式にはたぶん参加しないと思いますが、アジルような作品を
横浜に置いときます。
ロバートとの2ショット。金でまみれてゆく方の作品。

写真の説明をしよう。
つまり、俺は、日本郵船の社員に金を貸したのだが、返ってこない。
というこだ。いや違う。日本郵船の株が上がったのはあの当時の、そして今も続く戦争のためだろう。いや違う。三年もさらのまま、まな板がもったということは、BANK ARTのNYKにはあまり人が入らなかった。ということか。
いや違う。
なんだかんだ言って、みかん組みのマークはけっこういいな。
写真の説明をしよう。
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by docore | 2008-05-03 05:25 | OCR
帝国の不在
今日で私は45歳になった。あと45年くらい生きるつもりなので、たちが悪い。

アントニオ・ネグりが来日しないことについて、考えるまもなく、桜の花びらは散りゆこうとしている。
だれそれが来ないということで、慌てふためるつもりはないが、来ればいいのに、と思っていたので来日中止は中途半端で腰砕けな印象を受けた。

30日は芸大の石膏室でマルチチュードの饗宴と題された、報告会のような座談会のようなものに参加した。ネグリ氏不在では熱度が下がるかと思ったが、不在力という神秘性をあらためて感じてしまうような出来事がいくつかあった。
韓国でオアシスプロジェクトを行っている人のパフォーマンスや、コジマラジオの八階からの眺めなどは、記憶の底に残りそうな気がする。

石膏室を使用するにあたってのいきさつも面白いのだが、(実測調査をすると言う名目)ロダンのバルザック像の型を見ていて、むやみに勃起することをぼんやりと考えていた。

トニ・ネグりとベネチアで家が隣、というマルチェロ・マストロヤンニの顔を少し丸めたような男が、
「ネグリが来ないのは残念だね」とゴスロリ・ファッションの女性に声をかけていた。
この男、「日本人お断り」のアジテーション・Tシャツを着ていて、聞くところによると北海道でカナダ人が銭湯への入湯を拒否されたことに対する人権侵害に抗議しているらしい。
伝え聞くところによると、北海道での他国からの人の銭湯の入浴マナーがてんでなっていない。
ということもあるが、日本人お断りというフレーズを着て、日本人の群集の中へ佇める感覚は鋭いのか、鈍いのか。

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東京芸大で「芝生椅子」というアイロニカルな作品を見て、ワンカップの意味を問い直している。
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by docore | 2008-04-09 01:19 | OCR
だるまでのむことのいみについて
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川俣 正の通路が気になっていて、ちょうど知り合いがカフェトークに呼ばれていたので、
入れてもらった。そのお礼といってはなんだが、入場料分のビールは川俣カフェで飲んでしまった。一度、見に来ていたのだが、とてもじゃないが、一日では見切れないと絶望に近い満足感を受けて現代美術館を後にしたのだ。

その日は地震の多い日で、カフェ・トーク中にも揺れがあり、川俣さんのその晩おすすめの
「だるま」で話し合っているときにも、、「ゆれ」があった。

「じしんだ」 
川俣さんの横揺れをおこす、ひくくのびてゆく声に私は
「今日は 美術館の中にいたときも揺れてましたね。黒田くんにそういわれて、ゆれを確認しようとしてみたのですが、すでにビールを二本飲んでいたので、揺れているのが自分なのか地面なのか、わかりませんでした」

川俣 正  展  通路  東京都現代美術館
プロジェクト自体をがんがんと美術館内で見せてゆくこの展覧会は川俣自身の30年ぶんの
功績と功罪を随所にちりばめて、それを観客は読み解く仕組みになっている。
限りなく美術館の入場料を無料に近づけることのできる今回の取り組みは今後の公的美術館のありかたに一石を投じるかもしれない。

・土嚢の中身は川俣アーカイブ・ルームの女性スタッフが言うように本当に「甲子園の砂」なのか?

何故、川俣「通路」を通り抜けると、中庭のただの壁の配置が「石庭」に見えるのか?
そこには洋の東西を越えた神話性と宗教性、そして今日的な意味が突き刺ささってくるのは何故か?
私の視線の高さがそうさせるのか。

だるま という酒場を紹介してくれた川俣正に感謝するが、たぶん、川俣さんとひとつとなりに肩を並べて飲めたのがうれしくて、その店を気に入ったのだと感じている。
だるま という店は入ってすぐ左手に小あがりがあって、その奥にコの字。
川俣さんは店の娘とちょちょっと話して、小上がりの机を並べ替えて自分は通路に。
その日の主役を小上がりにのせてもてなす。
そういう極意はどこで学んだのだろうか?
コの字をさして、
「まだまだあそこへは行けない」
という川俣さんの声が「あそこ」の意味を深く伝えてくれた。

「酒は入れようと思っている」という会田誠の声がすこし脳裏をかすめたので、途中から猫背で川俣正が通路でつくりあげつつあるネットワークに対応していた。

三遍も行ったトイレからの帰り道、一枚だけ撮ってみたが、撮る前からぶれることはわかっていたので、モニターで見直してもおおきくがっかりはしなかったが、「よい」とはそういうことだから、
ぶれていても、俺的にはかまわないのだが、私的には大きく後悔している。
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by docore | 2008-04-06 08:07 | OCR
はなみのはじまりかた しまいかた
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アートスペースはもう、あの位置にはないのだが、わけあって、会議に使った後、その上のデジタルスタジオのベランダにおいてあったままの丸テーブルを運び出した。

この丸テーブルは、どうしても会議をするべきだ、と訴えた稲垣立男の力添えで、ギャラリー・アートスペースまで運び込まれた。

窓を閉じたまま行う会議は空気の密度が濃く、数人の気分を害した模様だが、窓を開ければいいだけのことだ。議論が深まったのか、閉塞感が漂よいすぎたのか、ギャラリー内で会議を継続するのは精神衛生上、あまりよくないことだったように思う。

CGのMAKOTOさんとふたりで運びだし、季節も合わせずに表参道を、そして代々木公園を、それから、笹塚へと転がして運んだ。

そのようなことを得意に語り始めるつもりはないが「表現とずれ」というのはこのようなことではないかな?と思い始めたのは、強い語調でダライラマ14世が「個人の表現は自由だ」と成田で記者に向って言い放ったのを聞いてからだと、考えている。

白髪一雄氏が死亡したことを書こうと思ったのだが・・・
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by docore | 2008-03-28 11:38 | OCR
青空
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青空の下、昨日まで降っていた雨のことを大きく忘れて、座談会がもたれたのは、
会田誠の呼びかけによる。
いくつかの事柄を訂正したい気分はあるのだが、それはそれで、保留しておこうと考えている。

なぜなら、昨夜まで降っていた雨が上がったように、私の気分はとても中途半端だからだ。
21世紀なのに。

美術手帖 4月発売の5月号の会田誠 特集 「青空討論会!」
当初、青空座談会ということで、気分の炎を高めて行ったのだが、討論に変わっていた。
それでも校正の段階だから、まだまだ、よしとする。
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by docore | 2008-02-29 04:49 | OCR



ワンカップフォトス onecup photos 
by docore
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