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論理の方法 
元来、目にうろこなどはついていないのだが、「メカラウロコ」になりつつあるのは、
最近、馬鹿になってゆく頭脳に「論理の手法」という小室直樹著の本をナナメ読みしているからかもしれない。それでも、崩れてゆく脳みそには「論理の手法」だけでは、どうも駄目で、そこで、スト研が必要になってくる。
スト研の会合で感じたことを路上の実感と照らし合わせながら、文化というものは、はがれたうろこの総体であるような気もするし、うろこごしに眺めた世界の交流であるような感じもする。力強いメッセージを発することができないのは、言語が元来、政治的に行動を規制するように作られた道具であるからかもしれない。それでも、まだ二日酔いから醒めない気分が付きまとうので、松岡正剛の「世界と日本の間違い」という本も開いている。読み込む。

そのような状況の中で、日本の政策を作り出す機関からの「NIKE公園化」への問題提起は、20代の発言であることを踏まえても、充分興味深い。

スト研の会合に半分もかかわれないのだが、それは立ち位置としても、こちらはストリートを研究する立場ではないし、路上に対する要望はあるけれど、それをコントロールするつもりは私にはないから、深夜、路上でたとえ酔っ払っていようとも、警官を投げ飛ばしたりするのだ。
景観を投げ飛ばすと誤記しておいてもいい。

五野井郁夫のいいところは、弱者に対する眼差しを捨て去らず、世界を立ち上げようとしているところだ。
政治と芸術は大昔から近くにあったのだが、五野井の言う、「都市がつまらなくなってゆくだろう」という意見の表出は、今の時代にこそ効力をもつ。

昨夜、とても気に入ったフレーズを彼の口から聞けた。
「この張り紙を張ることは、彼らの命を奪うことになる。お前ら死ね!と言っている。」
我々は何からメッセージを受け取り、何に従い、時には服従し、そして打破する準備を何時行おうとするのか?
単なるノスタルジックなものへの憧憬ではなく、「いちゃいちゃできる空間が必要だ」という、五野井の発言がとても新鮮に聞こえた。
これからの都市は、特に東京都心部の構造は人間の欲望に対して、今後どう答えていくのか、とても興味深い。
自分のことへ照らし返してみると、特に都市の風景から欲望を立ち上がらせることはなっかったように感じるが、考えてみれば、林立する建築群を眺め回して、男たちは勃起し社会はよりダイナミックに動き出すはずだったが、三上晴子が人類にとっての異物として指摘したように、タワーは彼女によって破壊され、男は機械以下の能率しかマークできず、出口を失った種の放出は着床する土壌を当然、失った。(展開が急すぎるが、それはこちらの都合なので・・・書きかけ)

それは今も続いている。
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by docore | 2011-01-30 08:31 | S
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