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追悼 平木 収
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写真関係者には、もうすでに、収まりがついていることがらだろうけれど、
平木 収さんがお亡くなりになられた事実をぼくは情報の上でしか知らない。
ただ、その情報を、いつも真に受けて生きているので、横浜ZAIMでの展示期間中は
自分の個人的な喪に服している期間にかぶさって、複雑な思いで、横浜へむかわなければならなかった。

ただ、大事なことは、そのようなことは観客には特に必要なことではない。ということだ。

ぼくができたことといったら、
彼の生前の要望通り、「等倍じゃなくて、ぼくは120パーセントぐらいが、ちょうどいいな」
という言葉に呼応できたくらいか。
やろうと思えば、いくらでもできるけれど、やらずにいて、その意味を考えていくのも、
ひとつの方法だ。
何をどうするわけでもないし、晩年、早稲田の方で写真のアドバイスをしていたらしく、BANK ARTで行われた卒業展示が、最後の仕事だったのかもしれない。
事実がどこにあっても、ぼくはかまわないのだが、計算されて展示されている、写真の流れを眺めながら、
あぁ。この飾られている写真という物体は、平木さんからのひとつのメッセージだ。
作家の方々には申し訳ないが、その様に見える展示というのもあるのだ。
それが、写真というか、作品展の不思議なところだ。
会場全体から、平木さんのつぶやきのようなものが聞こえてくる。


と思い至り、なるべく一人ひとりに、感想を短く書くことで、平木さんへの感謝の気持ちのようなものを搾り出したかった。一枚の紙はその言葉の群れには、いくら短くしたところで、面が小さすぎる。

120%といわず、120000%でも、ぼくはかまわないのですが、
どうですか?平木さん。

思い出してゆくと、ある日、渋谷の歩道橋の階段から転げ落ちた後、数日後、平木さんに偶然会う機会があって、「階段から落ちました」と彼に伝えると、
「ぼくなんかしょちゅうだよ」
と軽妙な語り口で、話題を突き放してくれたり。とても頼もしいところもあった。

ルイスボルツの来日の時に、ひと月ほど、どちらがお世話したのか判らないけれど、関係をもって、
いくつかのことを確認したり、反古にしたりした。
まぁ、人は時代とともに考えも変わってゆくものであるから、
いつまでたっても、「あれは なんだったのか?」
という思いはぬぐえないが、そういうことであるから、生きていかざるを得ないのだと思う。



眠れない夜が続くので、この季節、追悼文週間にしようと思う。

ZAIM壁面の写真撮影=舞さんです。
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by docore | 2009-04-22 10:27 | D
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