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サボることと、40年たってしまう ということ
新宿の模索舎について書けることなど、ぼくにはひとつふたつしかないが、今日のも作者、明日のも作者、ということで、交流会へ行くつもりまんまんだった気分を少し冷やして、成増へ戻る。

なるほどなぁ。と思った。
「スナック・シコシコ+情報センターとしての模索舎」としての設立から40年。
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現在、あらゆる種類の情報センターがあっておかしくはないが、すでに街はぼくの気分から遠くはなれている。
オナ二ズムとメディア、そしてアートや運動については今後とも語られてゆくだろうけれど、考えてゆかなければならないのは、愛もお金で買える現在、美しい偶然性はお金では買えないだろうなぁ。ということだ。
いや、出会いや再会のことを言っているのではなく、
なんていうのか、道端で、平井さんに会って、なら入ろうか・・・。ぐらいの気分で、カバンに入っていた800万の死にざまというハヤカワ・ミステリの表紙の抽象画を描いた男がお亡くなりになられたこと、とか、本編に入る前のひとつの引用された言葉、この場合は、ポーの
美しき女の死は、疑いなく、
この世で最上の詩的話題である。

という言葉にたどり着くのに、阿呆のように46年もかかってしまった。
詩的話題。などという切り口も、ぼくにはとても斬新だった。

なんとなく、模索舎にはアレンギンズバーグが数人屯していてもおかしくない気がする。
ひげもじゃである必要はないのだが、書物の数行を指さして、「にたり」と笑えるような男たち(この場合はホモであってかまわんし、そうであるべきだろう)が模索舎には似合う。
単純にカンパで成り立つ世界には大きな抵抗があるが、ロンドンのテイトのように、一度、カンパで世論を図るのもひとつの手段だ。もちろん書き手は大きな抵抗をそこに感じるのだろうが、印税生活を求める態度の人間などというものは、ぼくもそのうちのひとりかもしれないが、所詮社会制度の枠からはみ出そうとはしないものなのかもしれない。と考え直したのは、鶴見済と何故か毛利嘉孝を見聞き比べて、どちらも、誰を読者として狙っていたのか?を図る気にならないからだ。

誰が読むんだろうねぇ・・・。
と思いながら、本はどんどん売れてゆく。


大久保地区センターで経験した感じは、二年前の立教で経験した感じにとても近い。
もちろん二年前のあの流れは、体内を巡っている。

オンタイムなイベントというのは、こういう事をいうのだろうとも思う。
美学校のほうも、凄くなっているはずだ。


そして、受付前で矢部史郎と少し酒抜きで話せたことは良かった。
彼の本を買おうと思う。今週末の土曜日にラヴァンデリアで山の手緑との対談イベントがあるそうです。

ハヤカワミステリを捨てずにいられたのは、勝呂忠の功績が大きい。

この数時間のことをたそがれながら書いてゆくと朝が来てしまいそうで、おそろしい。

キー君。バイク貸してくれてありがとう。
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by docore | 2010-03-22 21:23 | S
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