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22日 早稲田のあかね で朗読ってます。 といっても、あかねって、何>といまさら。 朗読しましょう。文学部前で。 12月22日(木) あかね(早稲田大学文学部前) 夜七時から 住所:新宿区西早稲田2-1-17酒井ビル1F(地下鉄東西線下車徒歩3分) 電話番号:03-5292-1877 三冊の本を輪読する。 ・詩の礫(和合亮一/徳間書店) ・青春と変態(会田誠/ABC出版) ・来るべき蜂起(不可視委員会/細流社) 持ち寄った詩を朗読する。 チャージ 200円 ドリンク150円から — — — — — — — — — — — — — — — — — — — — 詩の読み手、朗読者、自由に参加してください。 特に予約等は必要ありません。 また、このように展開するといいのではないか?というアイデアがありましたら、 当日会場にて相談しましょう。 ![]() 3331で中村政人の東北の報告を拝聴し、彼が持っている映像感覚とコミュニティに対する当然の欲求を垣間見た。現場に立つということはそれだけで大きな力になるのだ。われわれは三時間あまり、座り続けて聞いていた。被災地の風景が、既に見慣れた光景になりつつあり、そのことが大変恐ろしい。無闇に被災地へ入るべきではないが、魂が呼ばれるのならばしかたがない。日比野克彦が提案するハートマークを縫いながらあらためて被災地を歩く鋭気を養おうと思う。関東の被害も甚大だがニュースで流れているように、東北の被害は想像を絶する。 ヌーマンなひとたちも3331へ行き、ハートをつなぎ合わせてほしい。俺は交渉して、次のデモのための何か身につけることができるものを探して、作り直すつもりだ。 7日のデモに着て行く服がない。 ![]() というヤワな理由で声を挙げらんないじゃ話にならんし、シランプリも出来ない。
新宿眼科画廊 ~3月30日
■ 2011年3月25日(金)~30日(水) 12:00~20:00 (初日のみ18時開場 / 最終日~17:00) * オープニングレセプション:2011年3月25日(金)18:00~20:00 ■ 「Uボートは陰毛を刈る」 ■ 貝塚歩 / 堅田好太郎 / 桐川典子 / 伏木庸平 なんとなく、まちわびていた気がする。 去年の夏ごろに、アイランド ラピュタで経験した途中経過の展示を横目で見ていたので、現代美術の範疇の「映像表現の可能性」を感じていたのだ。 感じていたから、待ちわびてしまった。 ![]() 待ちわびて、会えたのだから、今は何も言うことはない。 東北関東大震災の影響で節電モードの新宿の街は、今回の展示のために照明を落として待っていてくれた。行き場を失ったニンゲンが行きかう街として、新宿は機能している。 新宿文化センターへ続く道は俺にとってはけもの道で、普段はあまり利用しない。 四半世紀前に、歌舞伎町でそばやと風俗の店にかかわっていた時代にも、あの道は遠慮がちに通っていた。なぜか? そんな道の見落としがちな物件に、新宿眼科画廊はある。 オーナーの田中さんが、画廊を拡張しようとしていた頃に、トイレで何か、やらせてよ。 と俺はなかば無理やり、そして大きな確信を抱えて、頼み込んだのだ。 (確か彼女は歯の治療で、日々朦朧としていた) トイレで何かやる。というのは明確な、マルセルデュシャンへの返礼である。 とにかく、「便器」に、彼の反芸術性がつくりあげた芸術性に対して、なんらかの返答の 意思表示をしたかったのだ。「模倣」を超えて。 と誤解していた。後日本人から直接指摘された。 まぁ、それはせれで改めて考えるとして、 アムステルダムから戻ってきて、えいや!と 俺は作品を設置して、それは、新宿のトイレの丸い部分に反逆説的に、反反射的に輝いていると思う。 いつか、その鏡の真ん中にいる、中平卓馬さんも、この空間内の逆説性について言及してくれるはずだ。 待ちわびているうちに、街は待ちくだびれていて、まちぐずれてしまったかのかもしれない。 そんな街の中で、どう 間違えない待ち合わせをこれからしてゆけばいいのか ・・・ ? 眼科画廊のホームページから展覧会詳細
松の湯二階の写真公募展、「ノーフレーム」は今回の東北関東大地震からの復旧を見極めたのちに、日時を確定してから、呼びかけを再開します。主催者側の不備による度重なる開催遅延を深くお詫びいたします。
写真公募展 NoFrame ノーフレーム 元サウナだった空間に写真を展示する。 場所 松の湯二階 東京都新宿区山吹町16 展示日 時間 午後1時から 9時 参加費 大人 2500円 学生 1200円 現在のところ、一人、エイトバイテン(A4サイズ)5枚程度まで。 枚数、サイズ規定を越える人は応相談。 写真は額装せずに、3M系のひっつき虫等で壁面に添付。 会場内でのプリント、写真集、マガジン、ポストカード、CD、DVD等、販売も可。主催者側はマージンを頂きません。 展示品、販売品ともに、法律に違反するものは受け付けかねます。 写真の取り扱いには細心の注意を払いますが、万一の破損については弁済しかねます。もしくは応相談。 more
元来、目にうろこなどはついていないのだが、「メカラウロコ」になりつつあるのは、
最近、馬鹿になってゆく頭脳に「論理の手法」という小室直樹著の本をナナメ読みしているからかもしれない。それでも、崩れてゆく脳みそには「論理の手法」だけでは、どうも駄目で、そこで、スト研が必要になってくる。 スト研の会合で感じたことを路上の実感と照らし合わせながら、文化というものは、はがれたうろこの総体であるような気もするし、うろこごしに眺めた世界の交流であるような感じもする。力強いメッセージを発することができないのは、言語が元来、政治的に行動を規制するように作られた道具であるからかもしれない。それでも、まだ二日酔いから醒めない気分が付きまとうので、松岡正剛の「世界と日本の間違い」という本も開いている。読み込む。 そのような状況の中で、日本の政策を作り出す機関からの「NIKE公園化」への問題提起は、20代の発言であることを踏まえても、充分興味深い。 スト研の会合に半分もかかわれないのだが、それは立ち位置としても、こちらはストリートを研究する立場ではないし、路上に対する要望はあるけれど、それをコントロールするつもりは私にはないから、深夜、路上でたとえ酔っ払っていようとも、警官を投げ飛ばしたりするのだ。 景観を投げ飛ばすと誤記しておいてもいい。 五野井郁夫のいいところは、弱者に対する眼差しを捨て去らず、世界を立ち上げようとしているところだ。 政治と芸術は大昔から近くにあったのだが、五野井の言う、「都市がつまらなくなってゆくだろう」という意見の表出は、今の時代にこそ効力をもつ。 昨夜、とても気に入ったフレーズを彼の口から聞けた。 「この張り紙を張ることは、彼らの命を奪うことになる。お前ら死ね!と言っている。」 我々は何からメッセージを受け取り、何に従い、時には服従し、そして打破する準備を何時行おうとするのか? 単なるノスタルジックなものへの憧憬ではなく、「いちゃいちゃできる空間が必要だ」という、五野井の発言がとても新鮮に聞こえた。 これからの都市は、特に東京都心部の構造は人間の欲望に対して、今後どう答えていくのか、とても興味深い。 自分のことへ照らし返してみると、特に都市の風景から欲望を立ち上がらせることはなっかったように感じるが、考えてみれば、林立する建築群を眺め回して、男たちは勃起し社会はよりダイナミックに動き出すはずだったが、三上晴子が人類にとっての異物として指摘したように、タワーは彼女によって破壊され、男は機械以下の能率しかマークできず、出口を失った種の放出は着床する土壌を当然、失った。(展開が急すぎるが、それはこちらの都合なので・・・書きかけ) それは今も続いている。 ![]()
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